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プレドープ技術を使った幻のリチウムイオン電池の開発譚(後編)

プレドープ技術を使った幻のリチウムイオン電池の開発譚(後編)

注)本記事は、記事内で紹介するプレドープ技術(特許第3485935号)や、リチウムイオンキャパシタ(特許第5680868号)の開発者の一人である安東信雄による寄稿になります。(安東は現在は武蔵エナジーソリューションズ株式会社所属)

本記事は、「プレドープ技術を使った幻のリチウムイオン電池の開発譚(前編)」の続きである。

前編では、高容量PAS負極を用いた円筒形リチウムイオン電池が開発された背景を紹介したが、後編では、その量産化への取り組み、及びなぜ結果的に幻の電池となったか、についての背景エピソードを紹介したい。

高エネルギー密度を実現した円筒型プレドープ型リチウムイオン電池

系外ドープ法の導入、アルゴンフローによるプレドープなどの試行錯誤によりようやく完成した、18650サイズの円筒型電池で2300mAh、平均電圧3.2Vのプレドープ型リチウムイオン電池であったが、そのエネルギー密度は450Wh/Lを記録し、当時市販されていたリチウムイオン電池の1.5倍となったのである。

目標の2倍には届かなかったが、この成果を1994年の電池討論会で発表した。手前味噌であるが、結構好評だったと記憶している。色々と質問を受けたのであるが、「計算が間違っていませんか?」と言う驚きのコメントもいただいた。

当然、間違っているわけはなかった。

組み換え式プレドープ法、量産化への取り組み

しかし、この組み換え式(系外ドープ)のプレドープ法は、量産化するには課題が多かった。

アルゴン下でないと安定しないこと、多量の電解液と金属リチウムを使用すること、電極が電解液を含むためハンドリングが困難で短絡の危険があること、プレドープに時間がかかること、等でありコスト的にも厳しいと判断した。それからは、セルの中で金属リチウムと負極を短絡させ、放置中にプレドープが完了せる系内ドープを探索した。後に上記課題を改善したロールtoロールのプレドープ装置を開発することになるのだが、ここでは詳細は省略させていただく(後に開発されたロールtoロールのプレドープ装置についてはこちらをご参照ください)。

最初は正極、負極を捲回したエレメントの最外周に1周分の金属リチウムを配置して負極と短絡させたが、金属リチウムと対向している負極にはドープされたものの、対向していない内側の負極にはドープされないことが分かった。どうやら、集電体の向こう側にはリチウムイオンは拡散出来ないことが分かった。そこで、コイン型PASL電池と同様に、負極表面に薄い金属リチウム箔を全面に貼り付ける事とした。円筒型LIB用の負極厚みに合わせた金属リチウム箔を調達するのではなく、当時もっと薄い金属リチウム箔である30umに合わせて、厚めの負極を作製することとした。通常の負極と比較して6倍くらいの厚みであった。しかも、両面である。ドープは上手くいったものの、正極、負極ともに厚くて捲回することは出来なかった。

せめて片面に貼り付けるだけで裏面にもドープ出来れば良いのだが・・・と考えていたところ、集電体に穴が開いていれば、裏面までドープ出来るのではないかと思い付いた。すぐにエキスパンドメタルを入手して、これまでの半分の厚さの負極を作製した。そして、片面に30umの金属リチウム箔を貼り付け、電解液に浸漬したところ裏面にもドープ出来ることが確認出来たのである。厚さが半分になったとはいえ、通常の3倍の厚さだったのであるが、エキスパンドメタルを用いた電極は厚くてもしなやかだったので、正極もエキスパンドメタルで作製してプレドープ実験を繰り返した。

日曜日散歩中のひらめき~垂直プレドープの誕生

そのような中、1997年1月のある日の日曜日、外をブラブラしていたところにふと閃いた!あれっ?正極の集電体にも穴が開いていると言う事は、正極も貫通してリチウムイオンは拡散するのでは?もしかして、金属リチウム箔は負極片面全部に貼らなくても、エレメントの最外周を一周するように配置すれば中まで拡散出来るのでは?と。垂直プレドープ誕生の瞬間であった。実は、関西大学への推薦入学が決まった従弟の下宿先を探すべく大学の周りをうろついていたのである。今でも関西大学には感謝している。

翌日、早速検証実験を行った。最外周に金属リチウム箔を配置して負極と短絡させる事で、正極をも貫通して全ての負極にリチウムイオンをプレドープ出来ることが証明できたのである。

これで扱う金属リチウム箔も30umと言う薄いものから、150〜300umと厚いものを少量使用すれば良くなった事から取り扱いも楽になり、プレドープ型リチウムイオン電池の開発は加速した。本手法は正極、負極の集電体に多孔箔を使用し、最外周に金属リチウム箔を配置するだけで、既存のLIBの製造プロセスを大きく変えることなく製造できることから、実用化の期待は高く、直ぐに特許も出願した(特許第3485935号参照)。

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2016年長崎で実施された産学官連環型交流講演会に出席する筆者
(出所:長崎総合科学大学HPより)

難航した特許取得、そこからの学び

それから、この特許が公開されるまでの1年半はドキドキの毎日であった。それまでに同じ特許が公開されればアウトだからである。そして、1年半経過しても同じ特許は公開されなかったのである。

ところが、審査請求し、拒絶対応する中、最終的には拒絶査定になったのである。どう考えても新規性、進歩性は十分だったため、不服審判して、審査官とも面談した。すると審査官から、あなたの言わんとすることは、非常に面白い。しかし、残念ながらこの請求項からは読み取れないと。

つまり、表現がまずかったのである。請求項を修正することで無事登録にこぎつけたのである。特許は表現一つで登録にも拒絶にもなる、恐ろしいものだと良い勉強になった。審査官に感謝である。

当時の蓄電技術開発競争

垂直ドープの発明と同じ1997年1月に、郡山のホテルでソニー主催のカンファレンスが開かれた。その懇親会にてリチウムイオン電池を世の中に知らしめたN氏に挨拶する機会を得た。私がカネボウの研究員だとわかると(注:筆者は当時カネボウ株式会社に所属)、N氏曰く、円筒形電池ではプレドープは出来ないので、PASのようにクーロン効率が低い材料は使えないよ、と。

当時、独走していたソニーであったが、実用的なプレドープ方法には気づいていないようで、まだ逆転の目はあると確信したのだった。

一方で、新たなライバルも出現していた。富士写真フイルムである。

彼らは疾風のように現れて疾風のように去って行くのであるが、負極にスズ系材料を用いた「スタリオン」というリチウムイオン電池を開発したのだ。しかも、その「スタリオン」はプレドープしていると言うのである。そのリチウムイオン電池の最大の特長は高エネルギー密度である。スズもPAS負極と同様に、放電容量は大きいものの、クーロン効率が低い材料であったのだ。そのプレドープ方法は独特で面白いものだった。負極表面に金属リチウム箔を貼ると言うものであるが、薄い箔を貼るのは困難なので、厚めの金属リチウム箔を短冊状に切断し、間隔を空けて貼り付けると言うものであった(特許第3644099号 参照)。なるほど、その手があったかと思える斬新な方法であったのだが、金属リチウム箔の切断や貼り付けにコストが嵩み、市販のリチウムイオン電池に対し費用対効果が得られなかったためか、1999年には撤退を表明された。

幻となったプレドープ型リチウムイオン電池

1990年代後半に、あるセミナーにて、旭化成のY氏に次のように言われたのを思い出す。「今、業界ではKK、FFに要注意、と言われていることを知っていますか?」と。つまり、KKはカネボウ、FFは富士写真フイルムであり、何をしかけてくるかわからんから注意しようと言う事らしい。要は、両社ともプレドープ型リチウムイオン電池でそれなりの存在感は示せたと言う事だと受け取った。

しかし、こうしてしのぎを削った各社であったが、結果的にはカネボウも1999年にリチウムイオン電池開発から撤退することとなったのである。

折角、事業性の高いプレドープ方法を見出したにもかかわらず、残念な思いをしたのだが、このプレドープ技術はリチウムイオンキャパシタへと引き継がれることとなる。

次のブログでは、リチウムイオンキャパシタの開発エピソードを紹介する。

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